上田学園ホーム

上田早苗×陰山英男 

対談「小学校の現場から」

 

3.

 

陰山 とにかく子供社会がないことが問題ではないでしょうか。誰かと遊ぼうと思っても、みんな塾に行っちゃうし。僕は子供に外で遊んで来いと言うときにふっと思うんです。50メートル先に公園はある。でもその50メートルの間には車がびゅんびゅん通る道がある。そうすると、公園まで親が連れて行ったりして、もうこけた、喧嘩したと、すぐ親の手が出てしまうわけですよ。もう過保護にならざるをえない状況があるわけです。たった50メートルの道、それが子供社会をつぶしてしまっている。こんなことを私はわが子を育てる中で感じました。家庭の過保護もおかしいが、社会の無保護もおかしい。犯人さがしと対策ばかりを話し合うのではなく、もっと根本のゼロベースから考え始めることはできないものかと思います。

 

上田 そういうご自身も過保護にならざるをえない状況にいらっしゃって、どこか自信を失いかけている親や先生にメッセージを送るとしたらどんなことを言いたいですか。

 

陰山 難しい質問ですね。親や先生は、学校っていうのはもともと子供が問題を起こすのが当たり前ですから、まず神経質にならないことだと思います。山口小学校は問題が起きてもそれにフレキシブルに対応できるよう、現実的な意味での理想的な学校作りを目指してきました。そのために、子供に普段からできるだけ多く関わるように努力してきたという自負があります。
また多くの批判を浴びながらも、実践を続けることができたのは、ただ一点子供が伸びるという事実があったからです。子供が伸びるという事実を作ろうよ、その事実から考えようよ、と話し合いました。

 最近、ゆとり教育の反対の極に山口小学校があってというふうに言われてしまうけど、そういうわけではないのです。理念で教育を考えるのではなく、子供の事実を第一に考えてきたこと一番のポイントだと思うんです。僕は元祖学校をやってるだけなんだと。元祖学校とはいったい何だといったら、それは子供がすくすく伸びていくこと。それにゆとりだ何だという理念をつけるからややこしくなる。まずは子供が伸びるというひとつの事実から物事を考えていきたいのです。それはどういうことかというと、事実を自分の目で見て耳で聞くことです。今はこれがないんですよ。
今教育の現場は多くの批判にさらされています。だから、それに対応するためある一定の予定された成果なり結果を無理矢理つくらなければいけないようになっています。だから実践が後手に回ってしまうのです。

 

上田 子供が伸びるというひとつの事実から物事を考えていくというお考えを持つに到ったのは、どうしてでしょう。

 

陰山 四年連続、同じ子供達を担任したという体験に始まっています。普通大体1年か2年ですよ。ところが普通では考えられない4年という期間、担任をやったことで、子供達はこちらが考えている予想を越えて、はるかに伸びることがわかったんです。いろいろな批判や社会で語られていること、それらは目の前の事実とは全然違っていました。読み書き計算などの力をつけることで、子供は何より人間的に素晴らしくなっていくという手応えが感じられました。
知育が徳育を伸ばす。これは理屈ではないんですよ。事実があって、じゃあこれを普遍的にやるためにはどうしたらいいかと考えました。その結論として、徹底的に基礎を反復して習得していくというシステムを学校のなかに定着させる提起をしたわけです。これは最初から、基礎をやれば子供が伸びるという理念があったわけではありません。はじめ低学力の子を伸ばすために基礎を徹底して、その結果子供が想像できないほど伸びたという発見をし、そこから出発していったのです。
子供達が伸びるためにはある一定の普遍性がある。それは何かと突き詰めていったら、言語であるとか計算であるとか、基本的な力を活性化させることに尽きるということがわかった。そして考えてみたら、それは何も新しくはなく、江戸時代から寺子屋だとかそういう形でいっぱいあったわけです。

 

上田 寺子屋というのも単純なことを繰り返しやって、定着していったわけですものね。私は他人と比較しないので、その子の昨日としか比べられないんですが、そうすると小さな変化でも非常に励みになるわけです。しかし点数を取るというのは、その時だけできたんであって、終わればすぐに抜けていく。もちろん受験用の暗記のトレーニングも必要だけれど、しっかりした基礎がないとだめだと思います。
私は不登校の生徒の大部分は、基礎学習ができるようになるとかなり不登校は解消されるのではないかな、と思っています。基礎さえできれば学校に行っても、先生の話がわかるから面白いというように変化していくはずですから。

 

陰山 そうですね。

 

上田 親の側から言うと、近年主婦なんてつまらないという風潮が生まれているように思います。別に働いても、外に出てもいいんですけれど、主婦なんてつまらないという考えでやはり家庭でいい子育てはできないんじゃないかと思います。だったら、本当のプロの主婦になったらいいと思うんですけれど。

 

陰山 子育ての喜びというのを親が思い出さないと。今はそれがちょっと置き去りにされていますよね。

 

上田 そうだと思います。だから今、子供を負担だとか、邪魔だとかいう親が現れてしまう。子供をペット化してしまう。自分の言うことを聞いているうちはかわいいけど、ちょっと反抗し出すと、何でそういう子になっちゃったんでしょうと言って、慌てて手を離して、誰かにお願いしますとなってしまう。親も人格があるし、子供も人格があるわけだから、親はご自分の生活をきちんとしてください、と言いたくなっちゃうんですけど。

 

 

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