夢の庭には薔薇の花咲き

 

 

認知症のスクリーニングテストの一種に、チューリップとバラとヒナギクの共通点を問う問題があるそうだ。それぞれの人の脳裏にはどんな答えが浮かぶのだろうか。だが、お年寄りはさておき、上田学園の学生たちはそもそも、チューリップと、バラと、ヒナギクがどんな花か知っているだろうか。

上田学園の庭は今まさに春を迎えている。季節は確実にめぐり、今年もまた花の季節がやってきた。とても寒い頃からまずクリスマスローズがクリーム色の花を咲かせ、次いで紅白の梅。その根元にはカタクリが咲き、クロッカスが咲き、そして、チューリップの芽が黒い土の上にきれいに出揃った。今は昼にはミモザが真黄色のふかふかの花で辺りを明るく照らし、夜になると沈丁花が高い香りを放っている。

この庭に、オールドローズを6本ほど植えていた。バラ初心者の私は夢を買うようにして苗を選んだ。紅茶の香り、だとか、白い一重の可憐な花、だとか、まだ見ぬ花を想像しながら苗を買った瞬間から、すでに頭の中には溢れるほどのバラの花の咲く別世界のような庭が出現してしまった。バラ用という肥料をわざわざ買って、庭の真ん中の茂みの中に、大きくなってもよいようにたっぷりと間隔をあけて、まだ大きくもない苗を丁寧に植え込んだ。

バラを植えて半年ほど経った頃か。バラにはたくさんのバラらしい羽状複葉の葉が出て、茎にはかわいい棘もたくさんついて私をすっかり喜ばせたが、苗そのものは夏の茂り育った草の間に隠れ、少し見えにくくなっていた。

夏前のある日、買い物から帰ると、庭からよい土の匂いがしてきた。強い草の香りも。学生たちが、本格的な夏を前に、草取りをしてくれているのだった。なにしろ、長年にわたって生えるがままにしてきた武蔵野の庭。どこから飛んでくるのか、餌台にくる鳥の落し物か、知らない草がたくさん生えている庭だ。茂みの中も、ヤブカラシ、ヤブミョウガ、ムラサキケマン、ドクダミ、ユキノシタ、ツユクサ、イヌタデ、ミズヒキ、ヤマゴボウ・・・。45リットルの草取りの袋はたちまちいくつもいっぱいになっているようだった。

ひとりではとてもできない。というか、すでにやる前にあきらめてしまっている庭の草取り。けれど茂った草はやぶ蚊の格好の隠れ場所。ズボンを刺し通すほどの威力のある蚊が同時に何十匹も止まるのがこわくて、夏は庭仕事もできない。そんな庭が、若い男の子たちのすばらしい力で、見る間にきれいになっていった。

淡々と、当たり前のように身体を使って働いてくれる学生たちに、夕食代の差し入れくらいしかできないが、心の中は言い表すこともできないほどの感激と感謝でいっぱいだった。泥だらけになり、汗だくになって、それでも嫌な顔ひとつせずにどんどん働く学生たち。そんな彼らを見て育つ我が家の子供たちは幸せだな、と思った。

翌朝、すっかりすがすがしくなった庭に出た。黒い土、整然と並んだゴミ袋。草取り後の土と草の匂いを含んだ、湿ったような空気の香り。そして、夢のバラの苗は・・・・!

バラは消えていた。きれいに、跡形もなく。1本残らず・・・。
思わず大きな声で学生を呼んでいた。

「あの辺、やってくれたの誰だったっけ?!」
「あっ、オレですけど・・・・なにか・・・。」

「バラ、なかった?バラ。ほら、バラが6本植えてあったと思うんだけど。」
「あのォ、バラって・・・・・どんなんですか?」
「どんなのって、バラはバラ。まさかバラを知らないの?」
「そんなん知りませんけど、花が咲いてたんですか?」
「まだ咲いてないけど。でもそうだ、トゲがあるのよ。バラの茎には棘が。棘がいっぱい。けっこう痛いと思うんだけど。」
「そういやあ。あのへんやってる時、なんか痛かったかもしれん。」

そう、知らないものはわからない。せっかく働いてくれた彼らに余計なお説教は禁物。

そして、私のバラは、今も夢の中に咲き、紅茶の香りをさせている。

 

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