馬の状態いかんによる

 

 

「馬を水辺に連れて行くことはできるが・・・」と聞いたら、「馬に水を飲ませることはできない。」と続くと思っていた。

フリースクール上田学園に在籍しながら、それぞれの事情でなかなか授業には参加しない学生が必ず居る。今に始まったことではない。私が知っているのはこの2年半だが、そのまえにも、いつも、そういうことはあったという。

上田学園が始まった当初は、講師が来て、学生を待つ。学生が来ない。時によっては学生が誰も来ない。次の週も、またその次の週も、講師が来て、学生を待ち、学生は来ずに、講師が身体を壊す、ということもあったという。「授業もせずにお給料を頂くのは心苦しい」ということもあったろうし、「自分の授業の魅力がないから学生が来ない」と思い込んで苦しまれる先生もあったろう。

さて今、誰も学生が来ない、というような事態は上田学園ではもはや起こらない。誰か来る。ほとんど皆が来る。だが、必ずしも全員が来るわけではない。

ひとりの卒業生が一年ぶりに訪ねて来た。精悍な引き締まった顔になって、ご両親の農場の一角で自分のやりたい有機農法で花を育てることに決めた、という。そんな彼を囲んで皆で食事に行った際、彼は突然立ち上がり、ひとりの先生の手を取ってこう言った。「在籍中には本当にお世話になりました。自分も、途中で実家に逃げ帰ったり、文句ばかり言ったり、いろいろあったけれど、あのすべての時が今になると意味があったように感じます。あの頃それぞれに大変だった仲間たちのことを考えても、○○くんや、△△くんが、今北海道やタイでがんばっているのも、それぞれのあの時があったからだと思うんです。今、自分はまわり中の人にお礼が言いたいくらいの気持ちです。」

その光景を見ながら、まさにその手を取られている先生が、しばらく前にこんなことをつぶやいておられた事を思い出した。「馬を水辺に連れて行くことはできるが、水を飲むかどうかは、馬の状態いかんによる。」

 

 

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