存在として孤独じゃないのか?

 

 

上田学園には時々思いがけないお客様が訪ねてこられる。先日、イギリス西部のエセックスにあるリトル農業大学から、学生募集のために来日されたデービッドさんが上田学園を訪問された。

農業や園芸学科を中心とする中規模な大学で、伝統的に机上の学問ではなく、実習を重んじる学風という。園芸ならば実際の花づくりからフラワーアレンジメント、花屋の経営までを学ぶプログラムが用意され、広いキャンパスの中で自由に自分の庭を造ることができる。馬に関して学ぶ学科では学生一人あたり一頭の馬を、責任を持って世話していく。全寮制で、9人で一軒のコッテージ式の寮には、社会人入学の年配の学生と、地元の地理に詳しいその土地の学生とが必ず配されており、留学生もその中にバラバラに入れられるという。

上田学園の卒業生の一人がこの秋からその大学でバイオテクノロジーを学ぶことが決まっており、すでにイギリスでの語学研修を開始している。

さて、一通り先方の学校紹介が終わると、質疑応答の時間となった。上田先生はたまたま外出中で、学生たちと、そして、私が残された上田学園で、学生たちはまるで先生の留守に恥ずかしくない上田学園を見せようとでもするかのように、デービッドさんを取り囲んで活発に英語で質問をしていった。英語がそこまで得意でない学生の質問は誰かできる者が順番に通訳をして、驚くべきことにだれも黙っていることはなかった。「英国での学生生活を成功させるために注意しなければならないのは何だとお考えですか。」「具体的にはどのような手続きで入学が決まるのですか。」「費用はどれほどかかるのですか」「寮の雰囲気はどうですか。」などの質問が一通り終わると、こんどはデービッドさんからの質問が始まった。

上田学園はどういう学生で成り立っているのか、年齢はどうなのか、カリキュラムはどんななのか、授業内容はどんなことをやっているのか。学生たちは時間割を印刷し、それを必死で英語に訳しながら、タイツアーの実践の事や日本語を教える授業の事などを一生懸命に説明した。

「今日は本当に驚いた。僕は日本に来るようになってすでに長いが、日本にもこういう教育の場が存在するとは。実習を重んじ、社会とのつながりの中で教育するという思想は、規模は違うが、まさにうちの大学が目指しているところと同じではないか。」と彼はひとりでだんだんと興奮してきた。「留学フェアなどで何百人を相手にするのでなく、こうやってひとりひとりと会話を交わしながら自分の大学のことをわかってもらい、そして君達の希望や実情を把握する、そういうことをずっとやりたいと思ってこの仕事をしてきたんだ。こんな出会いがあろうとは!」「でも、上田学園というものは、存在として孤独じゃないのか?」

存在として孤独じゃないのか、他にそんな学校は日本にないだろう。補助金は?もらっていない?じゃあどうやって経営が成り立つんだ?と彼の質問は留まるところを知らない。

そのうちに突然手を打って、彼は上田学園のコンピューターに向き直り、まるでここが自分の居間ででもあるかのようにインターネットを開いた。ノルウェーの、フォークハイスクールという制度を知っているかい?
http://www.norway.or.jp/education/education/folk/folk.htm
上田学園をみていたら、そこのことを思い出した。ほらみてごらん。高校を卒業したあとで、次のステップに進む前に一年くらい共同生活をしながら様々なことを学ぶ場なんだ。よかったらこの仕事で今度ノルウェーに行くから、あちらの親しい学校に上田学園を紹介してあげる。そうだ、それがいい。

上田先生が2時間後に戻られた時、デービッドさんはすでに上田学園の家族の一員のようになってそこに存在していた。「見つけたぞ。僕は見つけた。こんなところを!」というような表情を浮かべて。

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