ダイアナ妃の膝

 

 

風呂に入って、“純日本的昭和の足”を伸ばして眺めていたら、突然ダイアナ妃の膝を思い出した。

今、ちまたではイギリスのチャールズ皇太子の再婚が話題になっている。95年、当時皇太子と別居中であったダイアナ妃は、単身で来日し、その際、どういう関係であったか、我が家の近所の高齢者デイケア施設を訪問された。

私は、友人のオーストラリア人と誘い合ってダイアナ妃を“見物”に出かけた。2月の寒い日、高齢者センターの外にはマスコミ各社が脚立を持って詰めかけ、隣に民家の庭に入り込んでアングルを狙っているカメラもあれば、塀の上に上がっているカメラマンもいた。高齢者センターの利用者や近所の人たちもおおぜい来ていた。

そんな中へ、ダイアナ妃が訪問を終えて出てこられた。いっせいに上がる歓声、拍手、握手を求めて伸ばされる手、また手。気づくと、ダイアナ妃が私たちの目の前に立っていた。「オーストラリアからなのー。そう、日本の生活を楽しんでいますか?」というような会話だったと思うが、私は、彼女の大きな目に吸い寄せられた。周囲の華やぎとまったく無関係に、悲しみをたたえているような目だった。

つづいて、私も握手をすることになった。大きな、白い薄い手に自分の手が包まれた時、彼女の抱えているつめたさが不意に手を通して流れ込んでくるような感覚を味わい、仰天した。人と握手をしてこんなことを感じたことは、今に至るまでその時かぎりだった。今から思えば、別居と離婚のはざまにあった大変な時期であったのだろう。だが、うきうきと有名人を見に行った気分であった私は、突然に、心をあまりにもむきだしにして持ち歩く、壊れやすいひとりの女性の前に立たされたようで、我に返った。

握手を終えてふと下を見ると、スーツの足元から骨ばった長四角の膝が見え、骨と皮のような細い長い足が伸びていた。バシャバシャと、シャッターの音が続いていた。

 

 

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